バイトから帰ってきてテレビを付けると偶然ニュースが流れていてブラウン管の 中から最近話題になっている連続警官殺しのニュースが流れている。文字通り警官 を連続で殺している事件のことなのだが決まって犯人はどこかの公衆トイレに遺体 を放置している。 パスタを作りながら俺はテレビを見ている。 桐生隆21歳。某国立大に通う大学3年生。 ちょっと味見をしてみようか。 ウン、丁度いい感じだ。 てゆうかこれしか作れない。パスタを作り始めて2年くらい経つ。前はチャーハ ンを作っていたんだけど毎日チャーハンは飽きちゃって今はパスタになっている。 以外と今回は長いな。次は何にはまるのだろうか。ここ俺の住んでいる下宿は6 畳二間にキッチンがついて風呂もトイレもついている豪華な城だ。 テレビのチャンネルを高速で切り替え、消す。いつものことだ。 明日は学校があるんだけどちょっとした諸事情で休むことにした。と言うのはそ の日は俺にとって一番大切な人と会う一年で最も大切な日なんだ。 俺は目的地まで車を走らせた。そこは結構遠いんだけど、これは小説って事でそ この時間を書かなくても良いのだ。 那覇空港に着いた。そこから船に乗って波照間島まで行く。まだ時間はある。約 束の時間までタイムリミットは後5時間近くある。 波照間島に着くとやっぱりなんか良いなってそんな気にさせてくれる。良く沖縄 に旅行に行ってそのまま移住しちゃう人がいるけどそんな感じ。ここは波照間島だ けどね。 待ち合わせの時間は午後7時。それまでちょっとメシでも食ってくるとするか。 メシを食いながら今日、美希に会うことで頭がいっぱいだった。もう少しまとも な格好をしてこようと思ったんだけど美希はそういうの好きじゃないっていうかな んつーかな、普段の俺が好きみたいで、いるだろ? 飾らない人間が好きって奴。 今日の格好もジーンズにシャツそれとコンバースのスニーカーだもんな。一年ぶ りの再会だってのに……。 一年前……あぁ、思い出は記憶の中にしまっておくとするよ。 もうそろそろ約束の時間だ。 俺たちは最南端にある海岸で待ち合わせをしている。そこは、結構観光としては 有名な場所で、というかそこしかないと言った方が良いのかもな。 俺は時間よりも10分くらい早く目的の場所に着いた。彼女はもうそこにいた、 俺は美希に話しかける。「元気? 一年ぶりだからさ顔忘れちゃったかと思ったけ どちゃんと覚えててくれて良かったよ。去年も一緒にここに来たよね。あの時さ言 い忘れてたことがあって……、いやもういいんだ。何でもない。今の無かったこと にしといて良いよ。俺さまだ就職決まってないんだ……。どうしようって感じじゃ ない? ハハ……笑えないっつーの。そうだ、もう少しすれば南十字星が見えるん じゃないかな」 本当はここには俺1人しかいない。彼女なんていない。いや正確には去年までい た。 ここは彼女と過ごした大事な思い出が詰まっている場所で、俺は彼女の両親から 了解を得て遺灰を少しだけわけてもらい、ここ波照間の最南端に眠らせてあげよう と思った。彼女は星が好きで特に一番好きなのは南十字星だった。日本ではサザン クロスの方が有名かもしれない。彼女とは天体同好会って言うサークルで知り合っ てそこで意気投合して付き合うようになった。 彼女は一年前突然この世から消えた。自らの命を絶って。 遺書とかもなく俺は彼女が自殺をする前日に一緒にいた。それもあってか最初に 疑われたのが自分だったのに腹が立った。 彼女は大量の睡眠薬を飲んで還らぬ人となってしまった。彼女の両親からはお前 が殺したんだとかさんざん罵倒を浴びせられたのだが、何とかほんの少しだけでも 遺灰をわけて貰えないかと言うことで最終的に相手方の両親に承諾を得ることが出 来た。 ここに来るのは今日が最初で最後にしよう。もうここには来ない。 「美希、今日は朝まで付き合うよ。一緒に星を見よう」 彼女はよく星を見ながらこんな事を言っていた(星には一等星や5等星って在る けど本当はそんなの関係ないのかもね。だって、あれって勝手に決めた事じゃない。 もしかしたら6等星の方が1等星よりも輝いてるかもしれないしね) 美希……、お前はどの星にいるんだ? やっぱり星になったのかな。それとも… … 「帰ったら墓の方にも行っておくよ」 帰宅してパソコンのメールチェックをすると一通のメールが届いていた。宛先を 見ると美希のアドレスになってる。そんなはずはない。彼女は去年自ら命を絶った のだ。メールが届いた日にちは俺が波照間島に行った日になっている。 単なる同じアドレスの迷惑メールなのか、それとも……本当に彼女から? 色々 な思考が頭の中を駆けめぐる。見てみないことには始まらないと思いそれを開くと そこには彼女からのメッセージが綴られていた。 『1年後のあなたは今何をしているの? もしかしたらもう好きな人が出来てしま ったのかもしれないね……。ちゃんとメール届いてる? ねぇ、ちゃんとご飯食べ てる? もうすぐ就職だね。もう決まったの? あ、そういうこと聞くのはタブー か(笑) 何で本心言わないんだって怒られそうだね。自殺した理由は……って言っ てもこれからなんだけど。あ、でも、隆からすればもう過去の出来事になってるよ ね。上手く言えない。私ねあなたから見れば女に見えるのかもしれないけれど心の 部分が男で……ってゴメン、余り上手く言えない。性同一性障害って言葉知って る? 私それなんだ、だから1年後の隆には言えるかなって思って、メール出しま した。でも隆のことが嫌いになったとかそういう意味じゃないからあまり自分を責 めないで。ちょっと疲れちゃった。少しだけ休ませてほしいな……。 最後にずっと好きです。今でも好きだよ、ずっと』 それは、時間差メールって言うシステムを利用したものだった。 彼女らしいメールだった。メールの中の彼女は凄く明るい感じで本当に生きてい るかのように錯覚してしまうくらい、今日にでも家に来そうなそんな感じの文体だ った。紛れもない彼女の文だ。 (俺は彼女に何をしてやれたんだろう?) 彼女が性同一障害だということをこのとき初めて知った。ゴメン、美希が自分を 責めるなっていってもやっぱ俺にだって感情はあるんだし、ほんの少しの期間かも しれないけど君と同じ時間を共有してきたから。今更自分を責めるなって言われて も……。 数日後突然大学の知り合いが家に来て、家に知り合いが来るのはかなり久びだっ たから「オオ、どうした?」なんて少し大げさな対応をとる俺。 「いや別に、何となく寄っただけ」 何となく寄られても……口には出さないけど少し迷惑。ちょっとくらいなら話し ても良いかなって何か話題を切り出そうとしたら「帰るよ」 「え?」もうかい。来た瞬間に帰るなら逆に来ない方が良いんじゃないのかって思 う程のほんの数秒で彼は帰っていった。 数日後深夜のニュースで連続警官殺しの犯人が捕まったという報道が流れていて、 どんな面の奴か一度拝んでおこうって思って、と言うかただの興味本位なんだけど。 そうしたら、犯人は大学の知り合いで数日前家に来た彼だった。 「……え? あいつが」 手に持っていた缶コーヒーを床に落としそうになるのに気付き。一瞬あわてる。 明らかに動揺している俺がいる。何であいつが? 次の日のニュースで彼がなぜ犯行に及んだのか夜のニュース番組で取り上げられ ていた。勿論今日俺は学校を休んだ、こんな日に学校なんか行きたくないしな。行 けばマスコミとか野次馬が沢山いそうだし。 今日の夜のニュースでも警官殺しの続報が流れている。犯人の動機などかなり捜 査は順調に進んでいるみたいだ。あいつが警官を殺した動機……動機、動機なんて どうでもいい。それほど仲の良い人間でもなかったわけだから、いや、そうやって 逃げてるのか? 知ることに躊躇(ためら)ってるのか。気分が悪くなってきた、時 計を見ると夜中の0時を少し回ったところだ。 ふと大事なことを思い出した、彼女の墓参りに行くことを―― 性同一性障害と云うことを彼女の両親言おうか迷ったけれど、結局止めた。当た り前だけどそんなこと言って自殺した理由が性同一性障害によるものだからなんて 言って逆に嫌な思いをさせるのは見えてるからな。 ここから10キロもしない場所に彼女は眠っている、彼女は波照間ともう一つの 場所に眠っているけど本当は何処が彼女にとっての安息の地だったのだろうか。途 中美希が好きだった香水を買って、車の中ではサザンのアルバム『海のYeah!』をか けながら向かう。サザンは彼女が好きだったアーティストで俺もそれがキッカケで 聞くようになった。一度何で好きなのか聞いてみたら南十字星を訳すとサザンクロ スってなるからだからサザンが好きって半ばシャレっぽいノリで好きって言ってた けど本当はどうなのか分からない。 ここに来るのは初めてだけど、多分彼女の両親が来たのだろう掃除もしてあって 花も置いてあり以外とキレイにしてあった。 殺風景な墓石の前にたたずむ。小山家と書いた墓の前に彼女は眠っている。 その場にしゃがみさっき買った香水を取り出し墓石の前に置く。 「あ、これ香水。てゆうか波照間で一回会ってるんだけどね。俺にとってあそこが 君の場所だと思ってるからさ……。メール見たよ、性同一性障害……だったんだ。 知らなかった。ゴメン、俺そういうのってよく分からないから余り理解できないけ ど、でも、でも、一言、一言だけでも相談してくれたら……って出来るわけ無いよ な……」 彼女と同じ視線で話しかける桐生隆の姿を見ているもう1人の自分がいる。 確かに一年前の俺が同じ事を聞いていたら混乱して別れていたのかもしれない。 よく知って良いことと悪いことがあるけど、時間をおくことで昇華できることも ある。美希が抱えていた問題、性同一性障害は確かに大きな問題だけど、俺の知っ ている彼女は、いつまで経っても変わらないし彼女を今でも好きという気持ちも勿 論変わらない。彼女は彼女なりに悩んで、苦しんで、それは他人に理解できない程 の苦しみだったのかもしれない。今となっては分からないけど。もう無駄な詮索を するのはよそう。いつまで考えても答えなんて出てこないんだし、彼女は彼女の生 き方を見つけて、そしてその答えが自分で自分の命を絶つことだった。それが良い のか悪いのかなんて誰も判断することができない。全ては小山美樹という人間しか 知らないこと。 「……美樹、この一年色々考えたよ。何で自殺なんかしたのかって、メールに書い てあったことは多分美樹は半分しか書いてない、いやそれ以下なのかもしれない。 だから、俺の中で片づけるのはもう少し時間がかかるかもしれない……あんま上手 く言えないけどさ、こんな時なんて言うんだろ。やっぱりハッキリしろとか何とか 言うのかな」 頭の後ろを掻きながら、明後日の方を向いて少し照れくさそうに話す自分がいる。 「……じゃあ、そろそろ行くよ。来年は……分からない。波照間には行くけど、こ こにはもう多分来ないと思う」 波照間では、もう来年は来ないと誓ったはずなのに、考えは変わるものだ。まだ どこかに小山美樹という存在が居る。いつかは消えてしまうかもしれないその存在 でも、自分の中でまだ理解しきれていない部分がある。だから、また来年も波照間 に行く。それは2人の思い出の場所なのだから。思い出を思い出のままに思い出と して留めておくのもいい。だけどあそこだけは特別なんだ――いつかは忘れてしま うかもしれないから――風化させたくない想い出だから―― fin NAOTO著